74. 特許戦争の位置付け

【特許戦争の位置づけ】
企業と企業は合法的な範囲で、自社の利益のために戦争(企業間戦争)を行なう。戦争の手段としては、販売チャネルとなる系列会社の囲い込み,原材料の独占,人材の引き抜き,他社商品を購入しようとしている人に対する自社商品の宣伝,他社商品よりも技術的に優秀な商品の販売,他社商品よりも安い商品の販売,自社に有利な標準の構築,特許権の行使による市場かの相手企業の排除などがある。
このように、企業間戦争において特許戦争は、多数の形態の中の1つにすぎないこと、および特許の範囲内だけで企業間戦争をとらえる事は現実に合わないことを認識しておく必要がある。
 例えば、特許力で圧倒的に優位に立っていても、相手企業が自社商品の有力な顧客であれば、なかなか特許での攻撃はかけられない。 また、相手企業が特殊な材料を生産できる技術をもった唯一の企業であり、自社にとって、その特殊材料が不可欠なものであるならば、相手企業が自社の特許権を侵害してきても、なかなか特許での攻撃はかけられない。また、特許権を全く行使しないでも商品力や販売力だけでマーケットを制覇している事例が多数存在する。しかし、企業間の戦争の手段の中で特許に代表される知的財産権だけが、自社の利益確保の目的で国家権力を動員して、強制的に相手企業を排除する能力を持つ。
したがって、この重要な特許をいかに企業間戦争に用いるかを決める特許戦略は非常に重要なものであり、特許戦略は常に事業戦略の中に位置づけて考察し、発動しなければならない。

【特許戦争の定義】
特許の活用を中心的手段として、自社の利益の確保を目的とした企業間の戦争である。

【特許戦争での勝利とは何か?敗北とは何か?】
 特許戦争での勝敗は、特許戦争においた動員された自社の特許権と相手会社の特許権を中心手段としての双方の攻撃が終結した時点で判定する。特許戦争での勝利は、目的とした利益(事業利益や実施料収入など)を獲得し、獲得した利益が被った損失よりも十分に大である状態に到達した事を言う。逆に、特許戦争での敗北とは、獲得した利益よりも被った損失が大きい状態に到達した事を言う。物理的な兵器を用いた戦争では、敵の戦闘力の撃滅や相手方の降伏をもって勝利としていたが、特許戦争ではこのような相手会社の特許戦力の撃滅はできない。
できるのは、法的手続きによって相手の特許を消滅させる事や、自社を標的とさせないように契約を締結する事である。ただし、例外的にではあるが、差し止め権を行使して、相手企業の事業を停止させて、相手企業を倒産に追い込むことも、理論的には可能である。

【特許戦略の定義】
 特許戦争に勝利して自社の利益を確保するための、特許戦力の配置,特許戦力の活用の体制,特許以外の戦闘手段との連携も含めた特許戦力の活用の方向と順序を定めた戦争計画である。

  【特許戦略の定義の根底にある思想】
 (1)特許は特許戦争での活用と、特許戦争以外での活用の両面がある。
(2)特許の特許戦争以外での活用の形態としては、次のaとbがある。大多数の特許は実際の特許戦争に活用されず、いわば威圧効果のみを有する。この威圧効果を大きくするためには、世間において特許権活用担当部署が強い部隊であるとの認識が広まっている必要がある。
    a.強大な特許権の存在自体が有する他社への威圧
    b.高度な技術の発明が多数あることをアピールすることによる技術力の宣伝効果
【特許権行使における大義名分】
特許権行使は、市場を支配し、相手企業に事業撤退を強制する非常に強力なものである。したがって、このような特許権の行使に対する相手企業、相手企業の顧客、業界、自社内の関係者からの大きな反発や反撃等の反作用を覚悟しなければならない。このような反作用を克服し、特許権を行使して市場を支配するためには、特許権行使に多くの人を納得させることのできる大義名分が必要である。この大義名分がなければ、特許権行使を行う側の迷いを生み、その特許権行使の体制を崩壊に導く。
特許権行使による市場支配のための大義名分の参考になるものに、かつて織田信長が掲げた「天下布武」がある。これは、「織田信長が武力をもって天下を平定し、戦乱の世を終わらせて、平和な世の中を築く。天下平定のための戦によって一時的に民を苦しめることになるかもしれないが、その後に平和な戦のない世をつくるので、耐えて従って欲しい。」というものである。
特許権行使での大義名分として一般的に用いられるのは、「独創技術を特許権で守りつつ、独創技術による製品で社会に貢献する。」というものである。特許権の行使は、絶え間のない戦いの世界である。従って、基本特許を取得したからといって、油断をしていると、より実用価値の高い改良特許によって反撃される。このような競争のもとでどんどんと技術開発が進行することによって、技術を高度化し、産業を発展させ、人類を幸福にしようとするものが特許制度である。
従って、特許権を保有する者がその特許発明を実施する製品の事業をしないで、特許権のみを行使することは社会全体の利益にならず、大義名分のたたない事となる。基本特許の特許権者が、その特許発明を実施する製品の事業をしていなければ、改良発明の後発企業はいくら改良発明で特許権を取得しても、基本特許の特許権者に改良発明の特許権で反撃できないので、基本特許とのクロスライセンスができず、改良発明を実施した製品を市場に出すことができなくなる。これでは、かえって特許権の存在が技術開発競争を阻害して、産業の発達を妨害する事となる。従って、特許権の行使の大義名分は、「独創技術を特許権で守りつつ、独創技術による製品で社会に貢献する。」になる。
また、大企業とベンチャー企業との関係からみると、大企業は多くの分野の特許権を取得している。それに対して、ベンチャー企業は、自分が切り開いた新しい分野の技術についての、特許権のみを保有することが多くなる。しかし、新しい分野の技術を用いた製品には、必ず多くの既存分野の技術を使用する。そうなると、いくらベンチャー企業が新しい技術で新しい製品を世に出して行こうとしても、既存分野の特許権を多く保有する大企業から、既存特許権をネタに攻撃されると、新技術の特許権と既存技術の特許権でのクロスライセンスに応ぜざるおえなくなる。そうすると、そのベンチャー企業が新技術で生み出した新市場を、後発の大企業が古い技術を用いて簡単に侵食するようになる。 この事から、特許権行使についての大義名分成立の条件の1つとして、「特許権の行使にあたっては、権利行使対象の製品の基本機能・特徴機能・新機能の特許権を用いるべきである。」との命題が導ける。

【特許戦略と特許戦術の関係】
個々の戦闘活動や探索活動は戦争計画を構成する部品となる。これらの戦闘活動や探索活動などの手法が特許戦術である。

【特許戦争に勝つ要因は何か?】
強い特許戦力と、適切な特許戦略と、特許戦略の適切な実行が、特許戦争に勝つための要因である。
【特許戦力は何によって定まるか?】
特許戦力は、次の要因の総合力によって定まる。
 (1)特許権活用上での各種の障害を乗り越えてでも活用しようとする目的の存在と、その目的達成の意志(大義名分の存在)
 (2)特許権の権利範囲の広さと、権利範囲内のマーケットボリュウム
 (3)その特許発明の侵害発見容易性
 (4)特許権の権利期間の長さと特許権の個数
 (5)他社製品の侵害摘発能力(他社商品の収集分析能力を含む)
 (6)公知技術の調査・分析能力
 (7)訴訟能力と交渉能力
 (8)自社・他社の特許情報の管理体制(特許の内容へのアクセスの容易性)
 (9)特許権を活用する担当部署の士気と知識・能力
(10)特許権を活用する担当部署の社内的な地位の高さ
(11)特許権活用における意志決定体制と必要予算の確保の状態
(12)特許権活用の担当部署と他の部門との協調体制の強さ
(13)特許権活用担当部署の戦力についての世間の評判(間接的な戦力)


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