59. ユビキタスネットワーク時代における知的財産権の課題と日本の国家戦略
携帯電話の普及,RFIDの普及、監視カメラを代表とするセンサの普及にともなっ
て、私達の社会はすでに第1期ユビキタスネットワーク社会に突入しています。
第1期ユビキタスネットワーク社会では、人は携帯電話を通じて、どこにいてもネッ
トワークに繋がって情報の送受信をできるようになりました。そして、RFIDが社
員証や学生証、定期券などという形をとって人に付随するようになったり、携帯電話
にRFID機能が装備されたりして、人はRFIDで遠隔識別されるようになってき
つつあります。また、街角や駅や店のいたるところに監視カメラが設置され、画像処
理技術の高度化に伴って顔認識による本人照合ができたり、性別判別や年齢推定まで
やってのけるようになってきています。また、車両のナンバープレートの自動読み取
りはすでにいたるところで運用されています。 自動車にはETCというRFIDが
装着されて、高速道路の料金所での無停止通過を可能とし、さらには車両識別に伴う
さまざまなサービスや規制に使用されるようになっていきつつあります。また、食料
品の安全性のため、食料品の生産から消費までの全過程をトレースするためにRFI
Dが使用される方向に行きつつあります。このように、第1期ユビキタスネットワー
クの時代では、人間および物がネットワークに接続されるか、ネットワークによって
動向を監視され、追跡されることで安全やサービスの提供をはかるということになっ
ています。さらには、環境の状態や交通渋滞などの状態を計測するための多くのセン
サが広い地域に多数配置され、それらがネットワークにつながっていくということも
生じつつあります。この段階は、ネットワークと外部デバイスの接続が確立するとい
う段階です。地球という脳に地球規模のセンシングエリアの感覚器が接続されていく
という時代です。
しかし、第2期ユビキタスネットワークの時代になると、様相は変わってくると思い
ます。第2期ユビキタスネットワークの時代とは、ネットワークに接続された人やコ
ンピュータなどの知的存在からの知識がネットワークを通じて自由に組み合わせら
れ、ネットワークにつながっているデバイスを通じて外部に高度な付加価値を提供し
ていくという状況になります。地球という脳の中のシナプスが結合し、ニューロンが
賢くなっていったという状況です。また、ネットワークに接続されている知的存在の
知識をネットワークを通じて組み合わせることで、ネットワークに接続されているデ
バイスを通じて能動的にネットワークが外部を高度に観測するということにもなりま
す。この動きはすでに一部で始まっています。その1つが、Webサービスというも
のであり、ネットワーク上に存在しているサービス機能を探索して使用したり、組み
合わせて使用したりという方向に行っています。グリッドコンピューティングでは、
ネットワークに接続されたコンピュータが協調して大きな規模の情報処理を行なうと
いうものです。ネットワークを通じて知識、サービス、プログラムなどのオブジェク
トが自動的に組み合わされて、高度な仕事やサービスや問題解決をしていきます。し
かも、その大きな活動に参加している人やコンピュータは、全体としてどんな活動に
参加しているのか把握することができないし、把握する時間もないし、把握する必要
もないという状況が生まれてきます。ここで特徴的なことは、様々な組み合わせが自
動的に行なわれるということです。ここに、今までにない、ユビキタスネットワーク
における知的財産権などの法的問題が発生します。
ネットワークを通じて自動的に組み合わされて創造された知識、機能、サービス、
データなどのオブジェクトに関する知的財産権は誰が保有するのか、自動的な組み合
わせで発生した利益はどのように分配するのか、自動的に組み合わせて発生した損害
は誰がどのように責任を分担するのかという問題です。これをユビキタスネットワー
クの法的問題と呼びます。この自動的な組み合わせを実現するために、すでにさまざ
まな技術が開発されています。ネットワーク上の資源に付与する名前を、「入力を示
す名前+機能を示す名前+出力する名前」と設定する方法や、外部から与えられた命
令や質問に応えるのに必要な資源の組み合わせや、その資源の使用手順などをルール
データとして保持しておき、ルールデータを用いて自動的な組み合わせを実現すると
いうものもあります。ネットワーク上の知識、機能、サービス、データの自動的な組
み合わせを実現して、ネットワークに繋がっている人間やコンピュータにサービスや
情報などのさまざまな便益をもたらすことをスムースに行なうためには、ユビキタス
ネットワークの法的問題、その中の中心的な問題である知的財産権問題の理論的な枠
組みおよび解決策の提示と検証などが必要です。
2002年9月1日から施行された改正特許法によって、媒体に記録されていないコ
ンピュータプログラム、特別な構造のデータでも、特許法でいう「物」として取り扱
われて、特許法の保護が受けられるようになりました。すなわち、コンピュータプロ
グラムや特別な構造のデータ(プログラム等という)の生産、使用、譲渡、貸し渡
し、輸入、譲渡などの申し出はプログラム等の発明の実施行為となりますが、それに
加えて、プログラム等を電気通信回線を通じて提供する行為も、実施行為となりまし
た。著作権法では、自動公衆送信権および送信可能化権を規定しました。これらの法
制度によって、ユビキタスネットワークにおいてネットワークを行き来する主要なオ
ブジェクトについては、一応の知的財産権が用意されています。
しかし、これらのオブジェクトが自動的に組み合わせられて新たな価値あるオブジェ
クトがユビキタスネットワークにおいて発生することを現在の特許法も著作権法も想
定していませんので、第2期ユビキタスネットワークの時代には、法制度が追いつか
ないことになります。
現在、日本は米国に比して携帯電話、ゲーム機、RFIDなどのユビキタスネット
ワーク関連のデバイスの産業化や技術で優位性を持っています。しかし、これは前記
の第1期ユビキタスネットワークの時代だけでの優位性にとどまる可能性がありま
す。AutoID Center、ユビキタスIDセンターに対する米国の戦略的な対応に日本が
対抗しないと、知識情報の蓄積と活用で有益なサービスを提供する仕組みであるWe
bサービスやグリッドコンピューティングなどの先進的なネットワークコンピュー
ティング技術で主導権を保持している米国に、第2期ユビキタスネットワーク時代で
は、日本は敗退することになると危惧します。
第2期ユビキタスネットワーク時代に必要となる知的財産権問題の解決のための理論
や枠組みを早急に構築するとともに、第2期ユビキタスネットワークでの主役となる
知識情報の標準化と知識情報の蓄積を米国より早期に行い、米国がネットワークコン
ピューティング技術で日本に対して先行していることに対抗する必要があると考えま
す。知識情報の標準化や蓄積のためには、産官学連携が重要です。
まずは、有志でユビキタスネットワーク知財研究会を立ち上げていくことが必要で
しょう。
現在、特許戦略工学分科会で推進している請求項記述言語は、抽象度の高い技術的知
識の表現のための基盤となり、請求項を特許情報から、ユビキタスネットワークを通
じてネットワーク上のオブジェクトを組み合わせるための知識という位置付けにも進
化させていくと思います。
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