58. 日本の知的財産戦略に必要な知財ITインフラ
日本の知的財産戦略は、日本の産業競争力の強化に知的財産権を活用しようという目
的のもとで総合的に組み立てられた優れたものだと思います。知的財産戦略大綱は、
下記サイトに掲載されています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki/kettei/020703taikou.html#0-0
この大綱の最も重要な部分は、次の箇所です。
【質の高い知的財産を生み出す仕組みを整え、知的財産を適切に保護し、知的財産が
社会全体で活用され、再投資により更に知的財産を創造する力が生み出されてくると
いう知的創造サイクルがスピードをもって拡大循環すれば、知的財産は大きな利益を
生み、経済・社会の発展の強力なエンジンとなる。】
これは、知的財産の創造−>保護−>活用という知的創造サイクルを拡大循環させる
ということです。
この知的創造サイクルを拡大循環させるために、知的財産戦略大綱では、法制度、規
則、マニュアルの整備、人的組織の整備、人材の育成という範疇の多数の施策を打ち
出していますが、惜しいことに、IT技術を十分に活用して知的創造サイクルを拡大
循環させるという発想が見当たりません。
特許権に関して言えば、知的創造サイクルの中心的な存在は、請求項です。発明の技
術的エッセンスは請求項に過不足なく記述されます。そして、この請求項が特許庁で
先行技術との比較という形で審査されて、審査をパスすれば特許権となります。この
特許権の活用においては、特許権者、権利行使を受ける側、権利行使にかかわる弁理
士、弁護士、裁判官が請求項を侵害品の技術内容と比較します。このように、特許に
関する知的創造サイクルにおいては、請求項がサイクルの各過程を巡っているので
す。例えていえば、特許工場の各工程を結ぶベルトコンベアの上に請求項が乗せら
れ、ベルトコンベアのまわりに、さまざまな人や組織がさまざまな法制度のもとで働
いているようなものです。このたとえ話の世界で表現すると、現在の知的財産戦略大
綱は、ベルトコンベアの上を流れる請求項の形態が、わかりにくく処理しにくい状態
であるのに、これをマンパワーだけで処理しようというものだと思います。ベルトコ
ンベアのまわりの弁理士の人数、審査官の人数、裁判官の人数を増強し、これらの
人々の組織体制の整備をしたり、仕事の仕方を記載したマニュアルを整備すること
で、特許工場の生産効率を上げようとしているようなものだと思います。
請求項は、技術のエッセンスを過不足なく記述し、広い権利範囲をカバーするように
書かれているため、どうしても抽象的な用語を用いたり、修飾語が修飾する対象の単
語がどれであるかがわかりにくかったりして、理解が困難だったり、多義的に解釈さ
れたりするという問題があります。そして、この問題が、特許の審査や活用などを含
めた様々な活動の効率を低下させ、コストを増大させているのです。すなわち、特許
工場のベルトコンベアの上に載って流れている請求項はおそろしく処理しにくいやや
こしいものであるので、長期間にわたって修業をした職人が、秘伝の技を用いて処理
をしているというような状況です。それでも、職人の流派や立場によって、争いが生
じます。そして、審査や裁判が長期化します。
しかし、ベルトコンベアのまわりに、特許の自動検査装置、自動梱包装置、自動評価
装置などのIT技術を用いたシステムを配置すれば、人的組織をそんなに増強しなく
ても、特許工場の知的創造サイクルは拡大循環します。このようなITシステムが稼
動できていないのは、請求項がコンピュータでも理解できるような表現形態になって
いないためです。
言い換えると、請求項がコンピュータでも理解可能な表現形態になっていれば、特許
に関する知的創造サイクルには、IT技術を使用して自動化できたり、半自動化でき
る部分がたくさん存在できるので、知的創造サイクルが高度に拡大循環します。
また、技術のエッセンスである請求項がコンピュータでも理解可能に表現されておれ
ば、特許情報データベースを用いて、技術移転や事業提携の相手探しが効率的にでき
るようになるでしょう。これは特許の産業への活用を促進するでしょう。 請求項が
CADシステムと結合し、請求項が抽象度の高いCADデータモジュールとして取り
扱えるようになり、請求項を通じて具体的レベルのCADデータモジュールにたどり
着けるようになれば、請求項を記述するということは、トップダウン指向設計をする
行為であるというようにもなり、開発効率を向上させます。また、設計の基本となる
アイデアの創作を体系的で理論的な優れた発明原理をコンピュータを用いてTriz
システムなどで支援すると、創造の段階が高度化します。
このように、次の4つを実現する「知財ITインフラ」を知的財産戦略に盛り込むこ
とで、米国がヤングレポートに基づいて行なった特許戦略をはるかに越えた日本独自
の競争力の高い知的財産戦略とすることができると思います。
【知財ITインフラで実現すること】
(1)Trizのように発明原理を活用した発明活動をコンピュータで支援すること
(2)発明や設計をコンピュータとの会話を用いてトップダウン指向で行なうこと
(3)発明を表現する請求項をコンピュータで理解可能に記述すること(請求項記述
言語)
(4)請求項をCADシステムと結合できるようにすること
現在、特許戦略工学分科会では以上の知財ITインフラの開発に向けて、有志が活発
な活動を開始しています。まずは、請求項記述言語を確立することに注力していま
す。皆さんの参加を歓迎いたします。
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