101. 技術標準やパテントプールにおける必須特許の定義に関連する問題点

技術標準のパテントポリシーにおいて、技術標準に関連する特許権の取り扱いを定めている。 (参考サイト:1,2,3,4,5)

技術標準の推進と、特許権者の利益やライセンシーの負担の軽減のため、技術標準における必須特許をパテント プールに集め、そのライセンシングが行なわれることが多い。(参考サイト:6,7)
技術標準のパテントポリシーにおいても、パテントプールにおいても、技術標準の実装に不可欠な特許である必須 特許(または必須クレームであり、以下では必須特許という)の規定が重要である。
必須特許の範囲にのみ技術標準やパテントプールにおけるパテントポリシーが適用されるためである。

必須特許の定義について、いろいろな規定の仕方がされている

(1)"Essential patents" 米国のANSI規格での定義
Essential patents are those that are required for compliance with the standard.

(2)"Essential Claims" W3Cのパテントポリシーでの定義
"Essential Claims" shall mean all claims in any patent or patent application in any jurisdiction in the world that would necessarily be infringed by implementation of the Recommendation. A claim is necessarily infringed hereunder only when it is not possible to avoid infringing it because there is no non-infringing alternative for implementing the normative portions of the Recommendation. Existence of a non-infringing alternative shall be judged based on the state of the art at the time the specification becomes a Recommendation.

(3)MPEG2のパテントポートフォリオライセンスでの定義
”Essential” is defined, in the context of the main profile, as well as for a given legal jurisdiction of patent authority, as:
directly documented on MPEG-2 video standard (excluding scalable extensions) as clarified but not extended by the MPEG-2 conformance document or
directly documented on MPEG-2 systems standard and the following annexes:

C. Program Specific Information
D. ITU-T Rec. H.222.0 Systems Timing Model and Application Implications
F. Graphics of Syntax for systems
K. Interfacing Jitter Inducing Networks to MPEG-2 Decoders
L. Splicing Transport Streams

(4)EPCglobalのIPポリシーでの定義
“Necessary Claims” means all present, pending and hereafter acquired patent claims that would be necessarily infringed by implementing the Specification. A claim is necessarily infringed only when it is not possible to avoid such infringement because there is no non-infringing alternative for implementing the Specification.

以上の規定から、「必須特許は、技術標準の実装(implementation)において侵害を避けることができない特許である」と、 言える。
ここで言う実装(implementation)を、どのレベルのものとするかによって、いろいろな状況が発生する。

パテントポリシーの必須特許の定義が前提とする「実装」のレベル解説
論理的な実装レベル論理的には技術標準を実装する方式と考えられるが、実際にはプロトタイプ を実現することもできないような選択肢が、技術標準を実装する方式として、特許発明を実施する方式以外に 存在すれば、その特許発明は必須特許とはされなくなる。すなわち、必須特許がほとんど存在しないことにな り、技術標準の制定に伴なって無償ライセンスやRAND条件のライセンスの対象とすべき特許が、そのような ライセンスをされず、技術標準の普及を妨げる可能性が高くなる。
プロトタイプでの実装のレベルプロトタイプを実現することはできるような選択肢が特許発明 を実施する方式以外に、技術標準を実装する方式として存在すれば、その特許発明は必須特許とはされない。 すなわち、製品での実装レベルでは必須である特許発明であっても、実装方式としてプロトタイプレベルでの 他の選択肢があれば、必須特許とはされなくなる。その結果、必須特許として無償ライセンスまたはRAND 条件でのライセンスの対象とすべき特許発明が、無償ライセンスされず、技術標準の普及を妨げる可能性が高くなる。
実際の製品での実装のレベルその製品分野の成熟レベルの進展に応じて、技術標準を製品に実装 する際に市場が製品に要求する機能レベルが変化していくので、実際の製品での実装において他の選択肢が存在 しない必須特許は、だんだんと増加していく。技術標準を実装する製品分野では必須特許の範囲が広がっていく ので、必須特許を無償開放するというパテントポリシーのもとでは、特許権を競争力にすることができない。 そうすると、有力な特許権を保持する特許権者は技術標準の制定に参加しなかったり、パテントポリシーに同意 しなくなり、技術標準がパテントの問題で、普及できなくなる危険性が高くなる。必須特許についてのRAND 条件でのライセンスとすれば、そのようなパテントポリシーを有する技術標準は普及可能となる。


このように、必須特許の定義における「implementation」のレベルによって、パテントポリシーの実効性は大きく 異なってくる。
したがって、(1)前提とする「implementation」のレベルを記述した必須特許の定義、(2)必須特許の選択手続き、(3)必須特許の選択権限者に関する規定を、 パテントポリシーに明記することが重要となる。

必須特許が複数個にわたり、また、必須特許の特許権者が複数になる場合には、パテントプールの形成が必要となる。
そして、パテントプールを形成した場合には、パテントプールがライセンシーから徴収したロイヤリティを必須特許権者 の間で分配する場合の、各必須特許権者間での分配割合の決定方式が問題となってくる。
また、必須特許をライセンスを受けずに実施している者に対する権利活用の方式と体制、その権利活用の費用負担と 権利活用によって得ることになったロイヤリティを、パテントプールを通じて分配するのかどうかについても、 事前の規定が必要となる。


【参考サイト】
(1)米国のUL規格でのパテントポリシー
(2)米国のANSI規格でのパテントポリシー
(3)W3Cのパテントポリシー
(4)MPEG2のパテントポートフォリオライセンス
(5)EPCglobal Intellectual Property Policy
(6)パテント・プールへの競争政策
(7)特許プールを通じた標準化技術の特許ライセンス


【参考図書】

特許戦略メモに戻る      前ページ      次ページ

(C) Copyright 2005 久野敦司(E-mail: patentisland@hotmail.com ) All Rights Reserved

戦略のイメージに合うフリー素材の動画gifを、http://www.atjp.net からダウンロードして活用しています。