61. 知財バブルの知財戦略への悪影響
この数年間、知財戦略推進本部、知財戦略推進事務局や、知財協会、弁理士会、知財
学会、各企業の知財部など多くの関係機関や、関係各位の努力の甲斐もあって、知財
を重視する機運が盛り上がっています。そして、知財に関与いただける人々が様々な
分野から現われていますし、学生の中にも将来は知財の仕事をしたいという人が増え
ています。これらのことは良いことなのですが、次のような悪い兆候も現われていま
す。
1. 個別の知的財産権の中身を見ないで、件数分布などのマクロレベルだけで知的
財産権を把握して、カラフルな件数分布グラフやマップを駆使して、プレゼンテー
ションをしたり、知財戦略らしきものを作成しようという傾向を持つ人が増えてい
る。
2. 発明者や著作者というクリエータを大事にせず、知的財産権の管理や活用をう
まくやれば、知財立国や知財戦略が実現できると勘違いしている人が増えている。
1の原因としては、次のものが考えられます。
(1) 訓練不足や時間不足のため、知的財産権の中身(例:請求項)を理解し、評
価することができない人が、出願日、件数、分類符号、出願人名などというような、
書誌情報だけに頼った分析をしてしまう。
(2) 書誌情報だけで行なったマクロ分析の方がミクロに請求項などを評価する分
析よりも経営戦略レベルの分析らしく見えるし、プレゼンテーション資料の準備が楽
である。また、プレゼンテーションを受ける人々も、請求項を読まされても理解でき
ないが、件数分布くらいなら理解できる。
しかし、書誌情報だけを用いたマクロ分析だけで知的財産権の全体を評価したり、今
後の知的財産戦略を立案したりすることは、たくさんの銀行に預金通帳を持っている
人が、個々の預金通帳の預金残高を見ないで、預金通帳の数と預金日だけで財産総額
を計算して、今後の経営計画を考えることに相当します。また、多くの場所に土地を
持っている人が、個々の土地の面積や形や立地条件を見ないで、土地の件数だけで財
産の総額を計算してみたり、土地の利用計画を作成するようなものです。
2の原因としては、次のものが考えられます。
(1) 素晴らしい発明者や著作者を増やすことや、育てることの具体的な方策の議
論や研究が行なわれてきていないし、どのような環境が良い発明や良い創作物を生み
出すことに寄与するかもわかっていない。それに比して、知的財産権に関しては法律
や制度が精緻に構築されているし、判例を含めて多くの事件や学説が蓄積されてい
る。そのため、どうしても、クリエータを大事にするということの議論や研究が行な
われにくい。
(2) 発明者などのクリエータとしての経験を持った人が、知財分野に入ってくる
人や入っている人に少ないので、クリエータの立場で知的財産の問題を考察しにく
い。
地に足を付けた知財戦略のためには、知的財産権の書誌情報ではなく、知的財産権の
中身を理解して評価することを基礎とした分析や、戦略立案が重要です。したがっ
て、知的財産権の中身を理解しやすくするためのツールの開発が重要です。特許分野
においては、そのために請求項記述言語を開発中です。また、発明者やクリエータを
大事にするためには、多くの人々に発明などの創作活動の体験をしてもらうことが重
要です。そのためには、発想支援システム(例:Triz)などの活用や、発展が重
要です。
特許戦略メモに戻る 前ページ 次ページ
(C) Copyright 2004 久野敦司(E-mail: patentisland@hotmail.com ) All Rights Reserved
戦略のイメージに合うフリー素材の動画gifを、http://www.atjp.net からダウンロードして活用しています。