397. 「AI・データ契約ガイドライン検討会」の基本方針は、根本的に間違っている
AI・データ契約ガイドライン検討会(第1回)の配布資料6であり、検討の方向性等を説明したものがある。(参考サイト1)
参考サイト1の第8ページでは、次の(1)と(2)に記載のような背景を示している。
(1) データ協調型社会実現の必要性
IoT、AI、ビッグデータを最大限活用し、Connected Industriesの実現に向けた重要性の高まり、そのために、データを共有し利活用するデータ協調型社会への取り組みが急務
(2) 現状の課題
事業者間での共有に向けた実務が未整備⇒データ流通への不安やデータ価値の不透明性さ等から、データの連携や共有が進まず
このような「現状の課題」を抽出しておきながら、参考サイト1の第9ページでは、次の(3)のような方針を設定している。
(3) 対応の基本方針
現行法に矛盾・抵触しない範囲で、データの利用権限を物権的権利として扱うのではなく、契約で明確化し、データ創出の寄与度を勘案し、当事者間で公平・適切に取り決めることができる環境整備を行う
この基本方針には、次のP1〜P3のような根本的な問題がある。
P1: 「データの利用権限を契約で明確化する」ならば、契約締結ができる前までは、契約交渉の全当事者のデータの利用権限が不明確であることになる。そうなると、データ創出の過程で、何らかのプラットフォーム上
に一時的にデータを蓄積したり、データの前処理に使用したならば、そのプラットフォームが巨大で交渉力が極めて強い場合、そのプラットフォーム運営者がデータ創出に寄与したとして、
データの利用権限の全てを無償で取ることも有り得る。それでは、バーチャルデータの世界で覇権を握ったプラットフォーマー(例:Google,Amazon,Facebook,Apple)にまたしても覇権を握られてしまい、新産業構造ビジョン(参考資料5)の
目指すものとは逆の状態を実現してしまう。ガイドラインには法的強制力が無いので、「データの利用権限を契約で明確化する」という方針は、世界で覇権を握った巨大プラットフォーマーに日本のデータを差し出すという
大変な愚策である。
P2: 「データの利用権限を契約で明確化する」ならば、契約締結の交渉過程でのデータアクセスは、「利用権限の無いデータアクセスではない」とは言えない。
P3: 「データの利用権限をデータ創出の寄与度を勘案して決める」ならば、寄与度を客観的に評価するためには、データ創出の過程を観測したセンシングデータが必要となる。
センシングデータ無しで、データ創出の寄与度を決めようとする場合は、データ創出の関係者が自分がデータ創出のために行なった寄与の内容とその重要性を主張することになり、その主張に証拠も客観性も無いものになるから、
センシングデータが必要となるのである。
しかし、寄与度の算出にそのデータ創出の過程を観測したセンシングデータを使うためには、さらに、そのセンシングデータの創出の寄与度を勘案して、センシングデータの利用権限を決めることになり、無限ループに陥り、
いつまでたってもデータ創出の寄与度は決まらないし、契約締結もできない。
このような問題が発生する原因は、「データの利用権限を物権的権利として扱うのではなく」という基本方針を設定したので、データが創出された時点では、そのデータに権利者を設定できない。
その結果、契約によって契約当事者間でのみ有効な権利としてしか、権利を発生させられないという袋小路に陥ったというところにある。
この基本方針の設定の原因は、民法での所有権の客体である「有体物」を、形のある物質に限定されるという考えに盲目的にとらわれているためである。
所有権の客体の1種である不動産の中の「土地」は、物質ではなく地積測量図や地番で境界が特定された部分空間であることを見逃しているために、「民法での所有権の客体である有体物は形のある物質に限定されるので、データは有体物ではない」と誤解し、
盲目的な思考停止をしてしまうのである。(参考サイト2)
すなわち、データを民法85条での「有体物」に該当するという前提で、さらに必要な規定を設けて、データ所有権を法制度化し、「データ所有権はそのデータを生成したマシンの所有者に原始的に帰属する」とするべきである。(参考サイト3)
平成14年の特許法の改正において、情報の一種であるプログラムおよび特殊な構造のデータを、「物」であると特許法で定めて、プログラム等の譲渡や貸渡という実施形態を規定していることにも注目すべきである。(参考サイト4)
データ所有権の法制度化によって、データ流通のための契約は、データ所有権者を相手とした売買契約や使用契約とできるので、データ創出の寄与度の議論なども行わないで良くなり、データ流通は促進できる。
国家政策を立案する者は、公務員試験での法律のテストを受験する受験生気分で、法律の既存の解釈や既存の法律の概念にだけ拘るレベルを脱却して、新たな社会構造の動向(参考サイト6)などにも対応するための法概念を
自ら立案できるレベルに自分の能力を向上させて、「法イノベーション」に挑戦することが必要である。それができなければ、国家政策立案担当者は国家政策を時代遅れのままとして、大きな損失を国家に与えることになる。
【参考サイト】
1. AI・データ契約ガイドライン検討会(第1回)‐配布資料6 事務局提出資料(検討の方向性等) データ契約ガイドライン検討会 第1回検討会資料 2017年12月4日 NTTデータ経営研究所
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/data_keiyaku/pdf/001_06_00.pdf
2. 所有権の本質と所有権の客体である有体物の概念を明確化して、データ所有権をブロックチェイン技術を用いて現実化する方法
http://www.patentisland.co.jp/memo370.pdf
3. IoT産業革命を駆動するマシン生成情報の法的保護の新たな枠組みの展望
http://www.patentisland.co.jp/smips_2016-04-16_presentation_by_patentisland_corporation.pdf
4. 特許法等の一部を改正する法律(平成14年4月17日法律第24号)
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kaisei/kaisei2/houkaisei_h140417.htm
5. 「新産業構造ビジョン」 一人ひとりの、世界の課題を解決する 日本の未来 平成29年5月30日 産業構造審議会 新産業構造部会 事務局
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shin_sangyoukouzou/pdf/017_05_00.pdf#page=26
6. ダボス会議の今年の主題はAIによる「デジタル専制政治」だった
http://diamond.jp/articles/-/161334
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