384. 不便益システムは、ユーザや使用環境との相互作用で共進化できるオートメーションシステムではないか?

注) 本論考のPDFファイル

私が2014年から参加させていただいている研究会に「不便益システム研究会(参考サイト1)」というものがあります。この研究会は、不便がもたらす利益に注目して、 システム設計をしようとしています。
これまで、人類は便利さを追求してきました。
便利さの実現手段として、自動化(オートメーション化)があります。
私が定年退職まで勤務していたオムロンは、オートメーションを追求してきた企業です。
オムロンの創業者の立石一真の経営理念の1つに、「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」(参考サイト2)があります。
2014年に、不便益システムという名前を聞いた途端、これはオートメーションの副作用がもたらした新たな動きであり、この動きの本質を掴まねばならないと感じました。
すなわち、次のような懸念をぼんやりとですが感じたのでした。
「機械にできることは機械に任せるというだけでは、人間や社会に見えない所で知らない間に、問題が蓄積していき、創造的な活動を楽しめない人間も多く出てくるのではないか」という ものです。
人類による便利さの追求は、第1次産業革命以来の3回の産業革命で加速し、IoTとAIとロボットの活用を中心とした第4次産業革命でさらに加速しつつあります。(参考サイト3)
しかし、便利さのさらなる追求の副作用が次第に増大していると思います。主な副作用は次のとおりです。
1. ブラックボックス化による潜在リスクの増大
2. 人間や組織の能力の低下
3. 多様な経験や出会いのチャンスの減少
4. 失業の増加や賃金の低下
5. 自然が備える物質循環の阻害

例えば、我々人類は移動の便利さを高めるために、自動車を発明し、自動車による移動の効率を上げるために道路をアスファルトで塗り固めました。
アスファルトで塗り固めた結果、土が無くなりました。その結果、アスファルトの上の犬の糞やゴミは虫やミミズが分解してくれなくなりましたし、 雨水は地下水系で吸収されなくなりました。
自動車の普及は、交通事故による死傷者の増大、排気ガスや大量の産業廃棄物の増大、食糧の生産をするための耕地の減少などの副作用をもたらしました。
家庭では、様々な電気製品が日常生活を便利にしてくれています。スマートフォンは情報の入手と処理の様々なことを、いつでもどこでも出来るようにしてくれています。
洗濯機や冷蔵庫やエアコンは清潔で豊かで便利な生活に大変に役立っています。
しかし、これらの便利な装置の動作原理を説明できる人は少なく、説明できても修理できる人はさらに少なく、修理できても生産できる人はさらに少ないという状況です。
大規模災害や戦争によって停電が長期化した場合、前記の1〜5の副作用による悪影響が一挙に顕在化すると思います。
大規模災害や戦争などの異常事態が発生しない平常時であっても、前記1〜5の悪影響は、人間や組織や自然の活力を少しづつ奪っています。

このような副作用のいくつかを消滅または緩和するものが、不便益システムだと思います。

不便益システムは、便利なシステムが故障して不便になったシステムでもなければ、便利なシステムが先祖返りして便利さが低下したシステムでもないと思います。
便利なシステムがもたらす副作用のいくつかを消滅又は緩和するという益を実現するために、適切な状況で適度に不便な状態を能動的に実現するシステムであると考えます。
すなわち、不便益システムは、常に不便であるというシステムではなく、便利と不便を状況に応じて適切に区分して実現するものと考えます。

不便益システムは、そのシステムを使用するユーザの能力や、そのシステムの使用環境の特性を維持・向上させる共進化の機能(参考サイト4)を備えたオートメーションシステムとも言えるのではないでしょうか?

不便益システムは、何らかの機能をユーザが使用するに際しての、ユーザ側の負担(例:時間,作業量,工数,エネルギー等)や、その機能を用いるための環境側の負担を、 便利な状態に比べて適度に増やすことを、適切な状況下で実現することで、ユーザ側又は環境側における他の何らかの特性を良くするという利益を実現しようというものだと、 私は考えます。これは、「不便・不自由・不親切で人は育つ」という教育方針(参考サイト5)においても言えるのですが、自分自身を高める能力(自己組織化機能、自己修復機能、 など)を有する人間などの生物やAIなどには適用できる方法だと考えます。

具体的に、さらに説明します。
何らかの評価基準からみて、「良い状態」を実現したい対象をAとします。そのAの状態は、状態変数v1,v2,v3の3本の軸で張られる状態空間での点として表現できるとします。(下の図を参照)
Aの状態を目標位置に現在位置から移動させ、目標位置に保持することを、人間が自分だけでやろうとすると多くの労力と時間とコストが必要となります。
Aの状態を現在位置からどのような経路で移動させることができるかを探求するだけでも大変です。すなわち、不便です。


人類の文明は、このような大変な作業や苦労を、できるだけ自動化(オートメーション化)させて便利にする方向で発展してきました。
上記の図(詳しくは、参考サイト6参照)をもとに不便益システムのいくつかの形態を挙げると、次のようになります。どの形態も、ユーザは不便の中で経験を積んで、自分の 能力を向上させることができるという利益を得られます。

(1) 一部の対象項目の最適化をユーザに任せて、ユーザにとって少し不便にする。
適切な状況では、オートメーションシステムが、最適化対象の状態変数のいくつかについての最適化制御を停止する。例えば、上の図でいうならば、状態変数v3の値の最適化は 人間に任せるようにする。
(2) フィードバック制御可能な状態からはユーザに制御を任せ、ユーザにとって少し不便にする。
高度で豊富な知識と技量が必要な領域ではなく、単純なフィードバック制御が可能な領域では、ユーザに制御を任せる。例えば、上の図でいうならば、状態領域250内に 対象Aの状態が入ったならば、ユーザに制御を任せてフィードバック制御で目標位置に到達させるというものである。
(3) 現在位置の計測をユーザに任せて、ユーザにとって少し不便にする。
現在位置の計測、すなわち対象Aの状態の見える化をユーザに行なわせて、ユーザの知識や技術の習得の第1歩とする。
(4) 必要な知識の調査および考察をユーザにさせて、ユーザにとって不便にさせる。
対象Aの理想状態をユーザに示した上で、対象Aの現在位置をユーザに計測させ、さらには対象Aの位置を現在位置から目標位置に移行させる方策を、ユーザに調査・考察させる。
上の図で言うならば、対象Aの状態を変化させることのできるアークを調べさせ、アークの組み合わせを考察させるという事になる。

不便益システムは、IoT,AI,ロボットなどを中心に行なわれる第4次産業革命の時代における進化したオートメーションの原理および教育原理を与えるものになると考えます。

【参考サイト】
1. 不便益システム研究会
http://www.symlab.sys.i.kyoto-u.ac.jp/fubenekisystemlab.html
2. 経営の羅針盤 SINIC理論
http://www.omron.co.jp/ir/irlib/pdfs/ar16j/ar16_27.pdf
3. 「新産業構造ビジョン」〜第4次産業革命をリードする日本の戦略〜 産業構造審議会 中間整理
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shin_sangyoukouzou/pdf/008_05_01.pdf
4. 共進化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E9%80%B2%E5%8C%96
5. 生活に便利さ・快適さを求めすぎない
http://www.edu.city.kyoto.jp/chikyousen/Together/together19_08.htm
6. 特許第3800547号
http://www.patentisland.com/jpb_0003800547.pdf

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