371. IoT産業革命のために必要な、法人格を持ったAI
注) 本論考のPDFファイル
【概要】
日本国政府は、第4次産業革命をIoTとAIとビッグデータ処理とロボットを用いて実現することが、日本の国家戦略の柱であるとしています。(参考サイト1)
次の図は、IoTを中心とした第4次産業革命(以下、IoT産業革命という)が実現しようとしているシステムの全体像を簡単に示したものです。
図1 IoT産業革命が実現しようとしているシステムの全体像
(上図の出典: http://www.omron.co.jp/about/ip/patent/17.html )
図1において、アプリの1種が人工知能(AI)となります。現実空間での様々な存在の状態をセンサが検知して、情報空間にセンシングデータとして
提供します。情報空間ではセンシングデータ流通機能を介して、センシングデータがビッグデータ処理された上で、または直接に様々なアプリに
提供されます。そして、アプリは現実空間に対して何らかの作用を及ぼします。その作用が顧客価値を提供するものであれば、アプリは顧客価値の提供の
対価を獲得します。そして、アプリに関連する各種の存在(センサの所有者や運営者も含む)が、顧客価値提供の対価の配分を受けて、
経済的に維持または発展できるようになります。
このように、IoTが市場メカニズムに基づいて稼働していくためには、センシングデータの提供側がセンシングデータ提供の対価を得られ、アプリは多種多様なセンシングデータを
自由に安くリアルタイムに得られる仕組みが必要となります。
すなわち、センシングデータの取引を人間の介在なしに自動的にリアルタイムで行なえるセンシングデータ流通市場が必要ということです。
(参考サイト14)
センシングデータ流通市場にて行なうセンシングデータの取引の信頼性を確保するためには、センシングデータなどのデータを所有権の客体とできる法制度が必要となります。
(参考サイト8)
IoT産業革命において、センシングデータ流通市場を実現することで多種多様な価値提供の活動が現実空間で行われるようにすることに加えて、
AIを活用して、人間の幸福をさらに増進しようとするならば、一定条件のもとでAIに法人格を与えることが、いつかの時点で必要となってきます。
すなわち、一定の要件を満足するAIが法人格を持つことで、所有権の主体となるとともに、取引き主体ともなって多様な経済活動を自動的に行ない、経済活動に伴って他者に
損害を与えた場合に、AIが損害賠償責任も果たせるようにするために、AIに権利能力と行為能力と責任能力を法的に与えるということです。
なぜならば、今後、人間の介在なしにAIが高速に自動的に経済活動を行なうことを促進することで、企業も国も競争力を高める方向に進むことになり、それはAIに法人格を
与えるという段階を必然的に迎えることになるからです。
IoT産業革命のために、データを所有権の客体として認めるための法的な論理と技術的な方法論については、参考サイト8にて解説しましたので、
ここでは、AIの機能やIoTにおけるAIの位置付けを説明した上で、「法人格を持ったAI」であるAI法人について、具体論を示します。
1. AIの機能について
IoT産業革命におけるAIの果たすべき機能としては、現実空間の存在を認識して情報空間に現実空間を表現するセンシングデータを提供する機能と、
現実空間に価値提供をするために、情報空間において現実空間における問題の解決策を構築して、現実空間に作用を及ぼす機能が特に重要と考えます。
したがって、AIのカテゴリーに入る機能は様々ありますが、ここでは認識機能と問題解決機能に的を絞り、説明の都合上、
私が内容をよく理解しているAI分野での発明を題材に簡明に説明します。
注) AIが創作活動をするようになってきています。将来は、参考サイト4の第31ページおよび参考サイト13にあるように、AIが発明をするようにもなりますが、
今回はAIによる創作活動は説明から除外しています。
(1) パターン認識機能とパターン想起機能を機械学習するニューラルネットワーク(参考サイト10:特開昭55−67874号(サイバネトロン))
1978年に特許出願されたこの発明は、パターン認識機能とパターン想起機能を同時に機械学習する多層型ニューラルネットワークであり、サイバネトロンという名前です。
図2は、サイバネトロンの全体システム構成を示しています。
図2のブロック36は、符号をパターンに変換するというパターン想起機能を実行するものであり、
多層型ニューラルネットワークとして実現しており、これを教育信号系と名付けています。
図2のブロック37は、パターンを符号に変換するというパターン認識機能を実行するものであり、これも多層型ニューラルネットワークとして実現しており、
これをパターン信号系と名付けています。
すなわち、サイバネトロンは、図3に示すように、それぞれが多層型のニューラルネットワークである教育信号系とパターン信号系の2つを重ねた構造をしています。
パターン信号系には左端からパターンPが入力され、右端から符号Cpが出力されます。
教育信号系には右端から符号Ceが与えられ、それが教育信号系の各層で変換されながら右から左方向に向かって伝搬していきます。
そして、パターン信号系の右端から出力される符号CpがパターンPに対応する正しい符号Ceとなるように、
パターン信号系の各層に対して教育入力が教育信号系の各層から与えられます。ブロック38で示されているEOR機能の働きで、
この教育入力は、CpとCeが一致するまで継続します。
図3は、パターン信号系と教育信号系が、多層型の各層で相互に相手に教師信号を与えながら、図3(a)のような状態から図3(c)のような状態に学習をすることで、
パターン信号系はパターンPを符号Cpに変換するというパターン認識機能を学習し、教育信号系は符号CeをパターンPに変換するというパターン想起機能を学習することを
示しています。
パターン信号系と教育信号系が重畳したシステムであるサイバネトロンの各中間層は、自己符号化器(参考サイト15)になっているとも言えます。
なぜならば、サイバネトロンではパターン想起によって元のパターンPが復元できるような符号Cpを、
パターン認識によってパターンPから生成する機能を自動的な学習によって実現しているからです。
サイバネトロンを構成する各層の内部の各素子はそれぞれが学習機能を有するとともに、学習して獲得した記憶を維持しながら多層構造のニューラルネットワークの
全体としては学習するための機能も備えています。すなわち、各素子は自分が後段へ出力すべき期待出力を自分への前段からの入力の組み合わせ
に応じて出力するように学習するならば、自分がすでに学習して獲得した機能(入出力関係)を壊すことになる場合には、自分自身はそのような学習をすることを拒否して、
自分の前段の素子に対して、自分への出力を変更するように要求するという仕組みを持っています。
この仕組みによって、サイバネトロンでは学習が出力層から入力層の方向に伝播していき、多層構造の深い部分にまで学習が及びます。
図2
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図3
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(2)問題解決機能:命令で指定された目標状態の実現のために、知識情報を活用して並列実行すべきアクション群を自動生成する機能(参考サイト11:特許第3312141号)
1993年に特許出願されたこの発明は、変数と値の組を用いて目標状態を指定する命令を示します。図4では、「Z=C0にせよ」が命令です。Zが命令を構成する変数であり、
C0が値です。「Z=C0にせよ」という命令を実行するためには、制御量であるZを動かすための操作量が何であり、その操作量をどのような範囲の値にすれば良いのかを示す
知識情報である知識1と、そのような操作量を実現するためのデバイスが何であるのかを示す知識情報である知識2の両方が必要となります。
知識1を参照することで、制御量であるZを動かすための操作量はxとyであることが判るとともに、Z=C0にするためにはxとyをどの範囲の値にする必要があるかもわかります。
また、知識2を参照することで操作量xとyを必要な範囲の値にするために使用できるデバイスがどれであるかもわかります。
すなわち、知識1と知識2を用いて、Z=C0にするためには、プロセッサ#3に対して「x=a0にせよ」との命令を与えるとともに、
プロセッサ#4に対して「y=b0にせよ」との命令を与えれば良いことがわかります。
図4
(3)問題解決機能:現在状態を目標状態に移行させるためのアクションの時系列を、知識情報を活用して自動生成する機能(参考サイト12:特許第3800547号)
2001年に最初に特許出願されたこの発明は、対象システムに関する状態空間における目標位置が与えられた場合に、現在位置から目標位置に至るまでの状態遷移のためのアクションの系列を、
自動的に生成するというものです。そして、このアクションの系列の自動生成のために、過去の状態遷移の実績から得た状態間遷移の知識であるアークのデータベースと、
アークの適用範囲を拡大する機能を活用して、適切なアークを時系列に結合します。
すなわち、図5で説明しますと、過去の状態遷移の実績から得たアークの始点と終点のそれぞれを中心点と呼び、中心点のまわりに状態領域というものを設けます。
状態領域とは、中心点を目標位置に設定したフィードバック制御によってその目標位置に到達可能な位置の集合の存在範囲を示す領域です。このようにすると、データベース中のどのアークの始点位置も
現在位置と一致しない場合が通常であっても、現在位置が状態領域の範囲内にあるならば、フィードバック制御にて現在位置をアークの始点位置に移動させたうえで、
アークで示されるアクションを適用することができます。この仕組みによって、アークの時系列で問題解決できる範囲が大きくなります。
図5
2. IoTにおけるAIの位置付けについて
全てのものをインターネットで結合するというIoTは、人体における神経系に相当します。そして、AIはIoTを通じて収集した情報をもとに高度な認識や問題解決を
行ないますので、人体における大脳に相当します。
主要な研究報告や論考において、AIをどのように認識しているのかを、次のようにまとめてみました。
(1)総務省のAIネットワーク化検討会議では、第4次産業革命の進展に伴なって、AIが単独で動作する段階を経て、AIがネットワークを形成して人間社会と相互作用を
しながら発展するとしています。(参考サイト3)
(2)総務省の「インテリジェント化が加速する ICT の未来像に関する研究会報告書 2015」では、次のように述べています。
● シンギュラリティについて研究会として最も重要と考えるのは、いわゆるシンギュラリティに到達するか否かではなく、「(人間に匹敵する可能性のある)高度な認知や判断、
更に創造を行う力をもった人工的な知性が近い将来に実現する」ことが確実なことである。今後の社会制度設計、政策立案は、これを前提に進めていく必要がある。(参考サイト4の第31ページ)
(3)デジタル・ニッポン2016では、AIを内蔵したIoTサービスプラットフォームの必要性を示しています。(参考サイト5)
(4)参考サイト6には、IoT産業革命の未来を示す次のような記述があります。
● 第2期ユビキタスネットワークの時代とは、ネットワークに接続された人やコンピュータなどの知的存在からの知識がネットワークを通じて自由に組み合わせられ、
ネットワークにつながっているデバイスを通じて外部に高度な付加価値を提供していくという状況になります。
地球という脳の中のシナプスが結合し、ニューロンが 賢くなっていったという状況です。
また、ネットワークに接続されている知的存在の知識をネットワークを通じて組み合わせることで、
ネットワークに接続されているデバイスを通じて能動的にネットワークが外部を高度に観測するということにもなります。
この動きはすでに一部で始まっています。
その1つが、Webサービスというものであり、ネットワーク上に存在しているサービス機能を探索して使用したり、組み合わせて使用したりという方向に行っています。
3. AI法人
今後、IoT産業革命の進展とともに、企業や国は競争力確保のために、人間の管理や監督なしにAIを稼働させ、AIが人間の認識限界を超えた速度と広さでの
活動をさせていくことになっていくと考えます。
その結果、AIは、人間が社会において果たしていた多くの労働を代替するとともに、人間組織での意思決定にも大きく関与するようになることは、避けられません。
したがって、それらのAIの活動を人間社会が制御できるフレームワークを、今のうちに確立しておくことが必要であると考えます。
そのために、制限条件付きの法人格をAIに付与することを提案します。
すなわち、法人格を付与されたAI(以下、AI法人と言う)は、人間の幸福増進のために法人格を付与されていますので、
AI法人は次の6つの制限条件の全てを満足する範囲内でのみ存在できるようにします。
(1) AI法人は自然人のみが所有できる。すなわち、AI法人の株主には自然人だけがなれる。
(2) AI法人は、他の法人を所有できない。
(3) AI法人は、自然人を雇用できない。
(4) AI法人は、物を所有できるとともに、経済活動を行なうことはでき、納税義務は有するが、自然人固有の権利(例:基本的人権、選挙権および被選挙権)は有しない。
(5) AI法人を構成するソフトウェアは、機械学習によって獲得した知識情報やプログラムも含めて、ブロックチェインの中の所定番号のブロックに登録した上で、
登録した内容と完全な同一性が維持できている間でしか動作しない仕組みのもとでのみ稼働できる。
(6) AI法人を、自然人の脳または感覚器と直結させない。
【参考サイト】
1. 日本再興戦略 2016 ―第4次産業革命に向けて― 平成28年6月2日
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/2016_zentaihombun.pdf
2. 次を見据えた新たな「自律・分散・協調」戦略 産業構造審議会情報経済小委員会 分散戦略WG(第1回)
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shojo/johokeizai/bunsan_senryaku_wg/pdf/001_03_00.pdf
3. 中間報告書 AIネットワーク化が拓く智連社会(WINSウインズ) ―第四次産業革命を超えた社会に向けて―
http://www.soumu.go.jp/main_content/000414122.pdf
4. インテリジェント化が加速する ICT の未来像に関する研究会報告書 2015
http://www.soumu.go.jp/main_content/000363712.pdf
5. 最新テクノロジーの社会実装による世界最先端IT国家の実現に向けた提言 デジタル・ニッポン2016 〜まず、やってみよう〜
http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/132264_1.pdf
6. ユビキタスネットワーク時代における知的財産権の課題と日本の国家戦略 2004年
http://www.patentisland.com/memo59.html
7. AI・脳研究WG報告書(案) 平成28年5月 情報通信審議会技術戦略委員会 AI・脳研究WG
http://www.soumu.go.jp/main_content/000423565.pdf
8. 所有権の本質と所有権の客体である有体物の概念を明確化して、データ所有権をブロックチェイン技術を用いて現実化する方法
http://www.patentisland.co.jp/memo370.pdf
9. 「AIは仕事を奪うか?」という問題を経済学的に考察してみる
http://bizzine.jp/article/detail/1629
10.サイバネトロン(特開昭55−67874号)
http://www.patentisland.com/cybanetron.pdf
11.特許第3312141号
http://www.patentisland.com/Commandbreakdown.pdf
12.特許第3800547号
http://www.patentisland.com/jpb_0003800547.pdf
13.特許第3275311号
http://www.patentisland.com/jpb_0003275311.pdf
14.自由民主党IT戦略特命委員会 IoTの世界におけるセンシングデータ流通市場の重要性
http://activeictjapan.com/pdf/20160324/jimin_it-toku_document_20160324.pdf
15.自己符号化器
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%80
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