370. 所有権の本質と所有権の客体である有体物の概念を明確化して、データ所有権をブロックチェイン技術を用いて現実化する方法
注) 本論考のPDFファイル
【概要】
IoT産業革命のためには、データ流通の促進が必須です。そして、データ流通を市場経済のもとで発展させるためには、
価値あるデータの生成のためのインセンティブを与えるとともに、データ流通の法的リスクを減らす仕組みであるデータ所有権を現実化することが必要です。
所有権の本質に立ち返り排他的支配意思に対する社会的承認が所有権の成立には必要であることを明確化するとともに、
所有権の客体である有体物の概念における通説の不明確さを、有体物の一種である土地について考察することで明らかにした上で、
有体物を「境界によって他と区分して支配できる存在」とする新解釈を導出します。
そして、所有権の本質と、有体物に関する新解釈をもとに、データ所有権をブロックチェイン技術を用いて現実化する方法を示します。
1. 所有権の本質
所有権の本質は、参考サイト1の第70ページの記述によると次のとおりです。
●所有権の本質は、特定の物を排他的に(独占的に)支配する意思であり、その排他的(独占的)支配意思が社会的承認を得ることによって第三者には不可侵義務が
課されると同時に、排他的(独占的)支配意思の持主には排他的(独占的)支配力が認められる。この排他的(独占的)支配力は所有権の実体をなし、
第三者が不可侵義務に違反したときに、物権的請求権という姿をとって発現する。
つまり排他的(独占的)支配意思を認められた以外の者が不可侵義務に違反して、所有権者の許可なしに彼に帰属する特定物を持ち去ったり、その利用を妨害したり
妨害する可能性を高めた場合には、所有権者は物権的請求権を行使して、排他的(独占的)支配を行ないうる状態を維持・回復できる。
このようにして、所有権は特定の人が特定の物を排他的・独占的に支配し、他人に邪魔されることなく自由に使用・収益・処分することができる権能という姿をとって、
われわれの面前に現れる。(民法206条)
これが、所有権の現象形態に他ならない。
図1 所有権の論理構造
(上図の出典: 参考サイト1の第71ページ)
ここで、「排他的支配意思」とは、参考サイト1によると、次のような意味です。
「通常の生活を営む人間の間で形成された社会規範、さらにはこの社会規範を追認し、あるいは補足・強化したり変更するために制定された国家規範において認められた所有権から、
論理的に導き出された規範的に定型化された意思であって、心理的事実としての意思ではない。」
(上記の出典: 参考サイト1の第61ページ)
2. 所有権の誕生
参考サイト2が明らかにしていることですが、所有権の誕生は、「書かれた歴史が始まる以前」の出来事であるため、過去の研究論文などから所有権の誕生の経緯を解き明かすこと
はできません。
参考サイト3の第42ページからの記載によりますと、17世紀のイングランドの思想家であるジョン・ロックは、自分の体は自分の所有物であるという命題を基礎にして、
自分の体を用いた労働の結果として自然から得た物も一定条件のもとで、自分の所有物であるとしました。
そして、国家とは各自の所有権を保障するために成立したと言いました。
また、参考サイト3の第57ページによりますと、アメリカ合衆国の独立宣言の主要な起草者であったトーマス・ジェファーソンは、独立宣言の中に所有権を人間の自然権であるとは書くことが
出来なかった事情を示しています。すなわち、所有権を自然権であるとしてしまうと、アメリカの広大な土地の所有権に基づいた全土の返還請求を先住民から受けるという懸念が
あったためであろうということです。
ルソーの言葉に、次のようなものがあるとのことです。(参考サイト3の第49ページ)
人類は、彼らの精神のさし当たっての感覚に従っているとき、様々な不便を除去しようと努力しているとき、
または、明瞭な目前の利益を増大させようと努力しているとき、彼らの想像力でさえ予期できなかった結果に到達し、
他の動物が自分達の本能に従うように、その終点を意識しないで進んでいく。「私の野原を専有したい。
これを子孫に遺す。」と最初に言った人は、彼が民法や政治制度の基礎を打ち立てているとは気づいていなかった。
一人のリーダーの傘下に初めて入った人は、永続的な服従の例を作っているとは気づいていなかったのである。
ここからは、私の見解ですが、所有権は動物や昆虫にすらみられる「縄張りの範囲から他者を排除する行動」や「自分で捕まえた獲物を口にくわえて離さない確保行動」が起源であろう
と思います。
これら2つの行動は生存本能から導かれる生存のために必要な行動ですが、それが行き過ぎると絶え間のない争いが広がり、かえって自分たちの生存を脅かすことになるので、
共有や私有の区別や、それらの区別を平和に維持するための掟が形成され、掟が法律にまで発展してきた中で発生した「権利」という概念と所有という行動様式が結合して、
ローマ時代にローマ法によって所有権という概念が発生したのだろうと思います。(参考サイト3の第25ページ)
すなわち、所有権の概念は社会的存在としての人類が、社会の発展の中で形成・発展させつつある概念であり、現段階では参考サイト1にあるように、
「所有権は特定の人が特定の物を排他的・独占的に支配し、他人に邪魔されることなく自由に使用・収益・処分することができる権能」であると考えます。
3. 日本の民法における所有権の客体
日本の民法(以下、民法と言う)では、所有権(民法206条)の客体である「物」を有体物であると規定しています。(民法85条)
そして、有体物の解釈としては、「空間の一部を占めるもの(有形的存在)」(参考サイト4、参考サイト5)とする有体性説があります。
有体物の他の解釈としては、「法律上の排他的な支配が可能である物」であるとする管理可能性説もあります。(参考サイト5)
しかし、有体物の本質は本当に空間の一部を占めるもの(有形的存在)と言えるのでしょうか?
民法では物を動産と不動産に区分し、土地は不動産であるとしています。(民法86条)
ここで言う土地とは、土や岩石やセメントなどの物質でしょうか?それとも地球上の3次元空間内の一定の部分空間領域でしょうか?
土地の登記事項証明書にて、所有対象の土地は地番で特定しています。そして、その地番で示される領域は地積測量図によって地球表面の部分空間を境界線で囲まれた
閉領域として表現しています。
すなわち、民法でいう物(有体物)の1種である不動産の中の土地は物質ではなく、境界で範囲を特定された部分空間領域であることがわかります。
そして、その部分空間領域が固体で占められていればその部分空間領域を土地と呼んで所有権の対象として管理しているにすぎず、その固体が津波や地震で移動しても、
所有権の対象の土地が移動したとはしていません。
言い換えるならば、所有権の客体としての土地は「ものに占められた空間の一部」であって、「空間の一部を占めるもの(有形的存在)」ではありませんので、これまでの有体物の解釈
である「空間の一部を占めるもの(有形的存在)」は、間違いであると考えます。
すなわち、民法で言う物(有体物)には動産と不動産があり、不動産には土地を含むことから、有体物とは、形のある物質に限定した概念ではないことは明白です。
有体物の本質は「境界によって他と区分して支配できる存在」であると考えます。
なぜならば、物質でできた人工物(テレビ、机)や、自然物(庭石、大根)は、その表面が他との境界であり、土地は地積測量図に表現された境界線が他との境界であり、
両者とも境界によって他と区分して支配できるからです。
上記のように、土地も含めて有体物を解釈するならば、「空間の一部を占めるもの(有形的存在)」とする有体性説での解釈よりも、
「境界によって他と区分して支配できる存在」とする解釈(境界区分説と名付ける)の方が妥当です。
有体物を、「法律上の排他的な支配が可能である物」であるとする管理可能性説は、所有権の客体としての有体物の解釈に、所有権と同義と言える「法律上の排他的な支配が可能である」
を入れているので、同義語反復(トートロジー)となっており、解釈として使うには難点があると考えます。
4. 有体物についての新たな解釈の効果
所有権の客体としての有体物を、「境界によって他と区分して支配できる存在」と解釈とした場合、何が変わるのでしょうか?
例えば、「他と区分して支配するための境界」が、電波の周波数軸上に設定された境界である場合にも、周波数帯に有体物の概念を適用して土地と同じように所有権の客体にできます。
図2aは、周波数帯の事業者への割り当ての状況の例を示しており、周波数軸上に境界を設定して、複数個の周波数帯を区分して支配できるようにしていることが判ります。
図2a 周波数の割り当て
上図の出典: http://blog.postco.jp/archives/10606
有体物の概念は、情報空間内に設定された境界にも適用できます。インターネットで使用されるURLにおけるドメイン名構造はルートノードを起点としたツリー構造を
しています。ツリー構造の中で支配する範囲を、ノードを境界として設定して区分することもできます。1つのコンピュータのディスクの中にもディレクトリーが
ツリー構造で設定されており、ディレクトリーによって管理されているファイルの指定までできるようになっています。(図2b)
図2b 情報空間の構造の例
上図の出典: http://web-try.com/note/homepage/url-name.html
ドメイン名およびディレクトリーによってツリー状に管理されている膨大なデータを、ツリー内のノードを境界として設定して区分して支配することもできます。
これは、データの記憶場所に応じてデータを区分して支配するものであり、データを所有権の客体である有体物とするという事を意味します。
しかし、この方法だけでは、データの支配は不完全です。なぜならば、データは簡単にコピーできますし、簡単に記憶場所を移動させることができるためです。
そうなると、データの内容に基づいた境界を設定してデータを区分して支配する手段も、データ所有権の支配力を高めるためには必要ということになります。
注) (1)ここで、データに代表されるような情報を所有権の客体である「物」とすることに対する必要性の議論および、それに基づいた特許法などの改正が平成13年に行なわれたということを
示しておきます。(参考サイト6の第18ページ、参考サイト7)
(2)データ所有権の規定を設けることの必要性を述べたものがあります。(参考サイト8の第40ページ、参考サイト9の第4ページ)
5. ブロックチェイン技術を用いたデータ所有権の実現方法
ブロックチェイン技術では、データブロックをチェイン状に連結してブロックチェインを形成し、ネットワークを構成する多数のノードでブロックチェインを共有します。(参考サイト10)
その結果、ブロックチェイン内のブロック番号およびブロック番号で指定されたブロック内の管理番号を用いて、所有権を主張すべき客体であるデータを他のデータと
区分するための境界を設定して支配することができます。
しかも、ブロックチェイン技術ではブロック内のデータのほんの一部でも内容を変更すると、ブロック間のチェインに矛盾が生じますので、ブロックチェインを構成している
データブロック内のデータは無変更の保証がされます。その結果、ブロックチェイン内のブロック番号とブロック内管理番号を用いて、無変更の保証のあるデータを所有権の客体
とする支配意思を示すことができます。しかも、ブロックチェインでは、ネットワークを構成する多数のノードでブロックチェインを共有していますので、
それらのノードを社会的公正を実現できるように社会内に分配して配置することで、前述の「所有権の本質」の項で述べた「排他的(独占的)支配意思が、社会的承認を得る」事を、
分散型アーキテクチャとして可能とします。
すなわち、ブロックチェイン技術を用いることで、データを所有権の客体とすることができるということになります。
所有権の主体と、所有権の客体を対応付けてデータの所有権者を社会的にも示すこともデータ所有権の実現には必要です。
その方法を、次の図3に示します。すなわち、公開鍵暗号化方式による電子署名を用いることで、当該データの所有権の主体である場合にだけ実行できる
「ブロック間のチェインに電子署名をして、次のブロックに供給する」という事を実現するというものです。
【参考サイト】
1. 所有権とはどのような権利か(再論)
http://portal.dl.saga-u.ac.jp/bitstream/123456789/12256/1/ZR00001325.pdf
2. 所有権の誕生
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/roppou/kenpou_hougaku/syoyuken_tanjo.html
3. 思想史における所有概念の政治的・哲学的蓋然性 古代ギリシアから18世紀まで
http://www.musashino-u.ac.jp/facilities/institute_of_political_economy/pdf/nenpo06/02.aoki_23-66.pdf
4. 民法上の物
http://www.minpou-matome.com/%E6%B0%91%E6%B3%95%E7%B7%8F%E5%89%87/%E7%89%A9/%E6%B0%91%E6%B3%95%E4%B8%8A%E3%81%AE%E7%89%A9/
5. 物(法律)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9_(%E6%B3%95%E5%BE%8B)
6. 産業構造審議会知的財産政策部会 法制小委員会報告書 平成13年12月
https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/1-3hosei_houkoku.pdf
7. 改正特許法で情報であるコンピュータ・プログラム等それ自体を保護対象とする衝撃・影響
https://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200205/jpaapatent200205_012-020.pdf
8. 製造業をめぐる現状と課題への対応 平成28年3月 経済産業省製造産業局
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/seizou/pdf/004_01_00.pdf
9. 中小企業のIoT推進に関する意見 平成 28年4月21日 日本商工会議所
http://www.jcci.or.jp/joho/201604iotiken.pdf
10.ブロックチェイン技術の本質機能とその発展型について
http://www.patentisland.com/memo368.html
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