305. 特許権の侵害立証確率方程式と特許管理
侵害立証に用いようとする特許権の請求項をClaimとする。この請求項の構成要素数をNとする。そして、i番目の構成要素をCiで表現すると、
請求項Claimは、次のようにも表現できる。
Claim = C1 and C2 and C3 −−− and CN
Claimが侵害されていることの立証には:
Claimが物の発明である場合には、侵害製品Xが上記の各構成要素を全部保有していることの立証が必要であるし、
Claimが方法の発明の場合には、侵害方法Xが各構成要素のステップを全部使用している事の立証が必要である。(権利一体の原則)
特許権者からみると、Claimの各構成要素が実施されていることの立証には、時間と資金と労力が必要となるが、構成要素の性質に応じて立証に
要するそれらの資源(時間と資金と労力)は大きく異なる。中には、いくら資源を投入しても立証できないものもある。
例えば、暗号化されているソフトウェアや、中身を観察しようとして中身を包む筐体を開けると中身が自動的に消滅または破壊される物や、
アクセスが出来ない工場の中やサーバーの中にしか存在しないものなどである。
侵害製品または侵害方法が構成要素Ciを実施していることの立証をするのに必要な資源の量(単位は時間又は円または人・日)をRiとする。
Riの大きさが、しきい値THを超えると、その構成要素は実施立証できないものとなる。
たとえば、時間で言えばTH=1年、金銭で言えばTH=1億円、工数で言えばTH=1人・年というように、一応のしきい値を設定できる。
構成要素Ciについて侵害立証に必要な資源量であるRiが、Ri>THとなると、構成要素Ciについての実施立証はは事実上は出来ない。
ただし、特許権者の能力によってこのTHやRiは異なる。経営資源の豊富な企業にとってはTHはもっと大きくなり得るし、
実施立証のための技術や道具を保有している企業にとっては、Riがもっと小さくなるかもしれない。
しかし、そのような場合でも、Ri>THとなるケースはあり得る。
そこで、各構成要素Ciが実施立証できる確率、すなわちRiがTH以下となる確率をpとする。pは0以上1以下の数値であり、技術分野や特許権者の
能力によって変わる値となる。
Claimが侵害立証できるためには、各構成要素Ciの全部が実施立証されねばならないのは、前述のとおりである。
したがって、Claimの侵害立証確率pcは、pをN回掛け算した次の式(侵害立証確率方程式)で表現できる。
pc = p×p×p×−−−×p
ここで、pやNを色々と変化させてみて、侵害立証確率pcがどのように変わるかを示してみる。
p=0.5のケース,p=0.9のケースの2つと、N=4のケースとN=10のケースの組合せで計算してみる。
p=0.5の場合では、N=4ならpc=0.0625となり、N=10ならpc=0.00098となる。
p=0.9の場合では、N=4ならpc=0.6561となり、N=10ならpc=0.349となる。
これでわかるのは、請求項の構成要素数Nが10個以上くらいになると、実施立証が容易な技術分野であっても、請求項の侵害立証は大変に困難となる
という事である。
これは、別の見方もできる。
自社製品であるならp=0.9であり、他社製品であるならp=0.5であるとする。
自社製品であっても、それが自社特許を本当に実施していることを立証するのは、請求項の構成要素数Nが10を超えてくると大変に困難となると言える。
すなわち、構成要素数が10個以上くらいの請求項の特許権については、自社実施を示す特許表示を自社製品にすることが虚偽表示罪(特許法198条)になる危険があるということである。
他社製品の侵害立証は大変に困難であり、実際に他社製品の侵害立証をしようとするなら、侵害立証が比較的に容易な技術分野で、構成要素数が少ない基本特許
を用いるべきであるという事も言える。
すなわち、構成要素数が10個程度以上の請求項の特許権は、自社実施していることも他社実施していることも立証困難であり、そのような特許権を保有する
意味は、保有件数の多さに起因する色々な副次効果(調査負担を他社に課す、クロスライセンス交渉で多少は有利になる等)ぐらいとなる。
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