171.請求項のサポート要件についての考察
特許法第36条6項は、次のように規定されている。
6 第2項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
1.特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
2.特許を受けようとする発明が明確であること。
3.請求項ごとの記載が簡潔であること。
4.その他経済産業省令で定めるところにより記載されていること。
ここでは、第1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に焦点を
あてる。
「記載した」とは、何を意味するのであろうか?
話を簡単にするために、次のような請求項を設定する。「請求項1:AとBを備えるX」
この請求項1をサポートするためには、どんな内容を発明の詳細な説明に記載しなければならないであろうか?
まず、A,B,Xの下位概念をそれぞれ、(A1,A2、A3)、(B1,B2)、(X1,X2)とする。
そして、このような概念間の上位下位関係は明細書には記載されておらず、出願当時の技術常識または用語辞書
として認識されていたとする。
発明の詳細な説明には、「A1とB1を備えるX1」についてだけ記載していたとする。
その場合、A1,B1,X1のそれぞれの上位概念であるA,B,Xを組み合わせた表現である「請求項1:AとBを備えるX」
が、発明の詳細な説明に記載したものであると、言える場合はどのような場合であろうか?
まず、発明の詳細な説明に「AとBを備えるX」というように、請求項と全く同じ表現のみが記載されていた
とする。これは、形式的には特許法36条6項1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載
したものであること」に該当することは明確である。
しかし、このような記載が特許法36条6項1号が予定しているものではないことは明白である。
なぜならば、「AとBを備えるX」では発明の詳細な説明になっていないからである。
発明の詳細な説明での記載については、特許法36条4項1号で、「その発明の属する技術の分野における
通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」
と規定している。
ここから明らかな事は、次のことであると言える。
(1)特許法36条6項1号で言う「記載した」とは、表現のことを言っているのではなく、技術思想の内容の
ことである。
(2)請求項に記載する発明と、発明の詳細な説明に記載する発明は上位概念と下位概念という対応関係を有し
ていなければならない。
(3)発明の詳細な説明に記載する発明は、当業者が実施できる程度に記載しなければならない。すなわち、
請求項を概念設計書とするならば、発明の詳細な説明には詳細設計書が記載されねばならない。
ここで、請求項1に「AとBを備えるX」という発明を記載し、発明の詳細な説明に「A1とB1を備えるX1」
を記載するなら、特許法36条6項1号を請求項1は満足しているかどうかをさらに考察する。
発明の詳細な説明に「A1とB1を備えるX1」を記載しているが「A2とB2を備えるX2」は記載していない
場合、「請求項1:AとBを備えるX」が、特許法36条6項1号を満足すると判断するための具体的な基準
は何かということが、問題である。
概念設計書としての「請求項1:AとBを備えるX」と、発明の詳細な説明に記載された詳細設計書の1例
「A1とB1を備えるX1」と、出願当時の技術常識または用語辞書として認識されていた知識である
「A,B,Xの下位概念をそれぞれ、(A1,A2、A3)、(B1,B2)、(X1,X2)とすること」
と、技術要素である(A1,A2,A3,B1,B2,X1,X2)のそれぞれの機能や使用条件の知識を
用いて、詳細設計書である「A2とB2を備えるX2」を、出願当時の当業者が技術要素の置換と一般的な
評価基準に基づいた技術要素の選択を用いた所定の導出処理によって導出できるかどうかが、具体的な基準と
なると、考える。
「A2とB2を備えるX2」を導出でき、他の下位概念の発明も導出できるのであれば、発明の詳細な説明に
「A1とB1を備えるX1」しか記載していなくても、「請求項1:AとBを備えるX」は、
特許法36条6項1号を満足する。
しかし、「A3とB1を備えるX2」を導出できないのであれば、「請求項1:AとBを備えるX」は、導出
できない発明を含んでおり、特許法36条6項1号に違反することになる。
「請求項1:AとBを備えるX」の各構成要素を一段階下位の下位概念に置き換えたものの詳細設計書の
他の1例である「A2とB1を備えるX1」が、発明の詳細な説明に記載された詳細設計書である
「A1とB1を備えるX1」におけるA1に関する記載部分を、出願当時の知識を用いて、A2に関するもの
に置き換えることで完成できるなら、「請求項1:AとBを備えるX」は特許法36条6項1号を満足する。
しかし、構成要素A2と構成要素B1の間に、構成要素A1と構成要素B1の間には存在しなかった矛盾関係
があり、その矛盾関係の解決をX1という全体概念を壊さない範囲で実現できる方策が出願当時の知識の
範囲には存在していなかったのであれば、「請求項1:AとBを備えるX」は「A2とB1を備えるX1」を
導出できないこととなる。その場合、「請求項1:AとBを備えるX」は特許法36条6項1号を満足しない。
すなわち、問題解決の新しい知識である発明を、どの程度の広い範囲の問題解決に適用できるように開示した
かによって、与えられる権利範囲が定まるということである。
この意味から、請求項の設計には請求項記述言語(PCML)を用いて、請求項をコンピュータが理解できる
ようにすることの重要性と、知識工学を特許出願書類の構造設計に適用することの重要性がわかると思う。
そして、これらを統一的に実現するものが「特許工学」であると考え、大きな期待を持っている。
これらが、実現できれば、請求項記述言語の拓く知財立国のビジョンが現実のものとなるであろう。
【参考サイト】
1. 特許法第36条第6項第1号の記載要件に関する一考察
2. 平成18年度特許委員会 研究報告 1.特許制度のあり方(進歩性)の調査研究 2.サポート要件に関する調査研究
3. 「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の審査基準改訂(案)に寄せられたご意見の概要及び回答
4. 「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の審査基準改訂について
5. サポート要件
6. 「サポート要件をめぐる近時の裁判例」
7. 点と線と面?サポート要件のはなし
8. 特許・実用新案審査基準 第1章明細書及び特許請求の範囲の記載要件
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